生きている価値がない
妻は太陽のような人間です。普段は。
と、以前ブログに書きました。
普段はというのは、もちろん適応障害の症状が出ているときは違うという意味です。
生きている価値がない
適応障害の診断を受け、仕事を休むことになった妻。
平日は父ちゃんが仕事から帰ってくるまで、家にずっと1人でいることになりました。
はじめこそ、仕事の緊張とストレスから解放されリラックスできていた妻。
しかし、段々と変化が現れます。
おそらく、体力的な疲れが取れてきた頃のこと。
「私は今なんのために生きているのか」
と言い始めます。
「私が今生きていることは、誰の役にも立っていない」
「私は今、生きている価値がない」
仕事での評価だけが妻の生き甲斐だった
仕事をしている間は、常に周囲から感謝されていた妻。
生徒から、同僚から、上司から。
「授業が楽しいです」「ありがとう」「期待していますよ」
そうした言葉をかけてもらっていた妻。
仕事を休むようになった今、こうした言葉を妻にかけてくれる人はもういません。
他人から褒められること、感謝されることで自分を動かし続けていた妻ですから、
仕事を休むようになったことで、自分を動かすガソリンが供給されなくなってしまったのです。
もちろん、父ちゃんは妻に何度も言いました。
「妻が生きていてくれるだけで、父ちゃんは幸せだよ」
「家に帰って妻がいてくれれば、父ちゃんはそれでいい」
でも、妻には父ちゃんの言葉はうまく届かなかった。
仕事を通じてもらえる評価だけが、妻の生き甲斐だったからです。
言葉をうまく届けることができなかったのは、父ちゃんの力不足だったんですが、おそらくこの時の妻には、だれが何を言っても響かなかったと思います。
なぜなら、妻は仕事を休んでいるから。
そして、家での仕事(家事)もできる状態ではなかった。
ーー私は今、仕事もせず、家事もろくにせず過ごしている
この事実が、自分自身の存在価値をゼロに感じさせてしまったのです。
「死」を口にする
自分が生きている価値を見出せなくなった妻は、「死」を口にするようになりました。
あるときは
ーー今日は車で買い出しに行ったんだけど
「このまま車ごと川に飛び込んだら死ねるかなぁ」って思ったよ
またあるときは
ーーいつも寝る前に飲んでる睡眠導入剤、
「全部一気に飲んだら死ねるかなぁ」って思ったんだよね
これを、生気のない無表情で言うのだから本当に恐ろしい。
でも、父ちゃんは無力でした。
ただ妻を抱きしめて
「絶対に死なないで。お願いだから」
と言うしかありませんでした。
妻を実家に帰す
妻は、一人でいる時間が長ければ長いほど、死について考えてしまいます。
また、一日中家にいるのに家事ができないことも、自分を責める一因となっていました。
「しばらく実家に戻ったらどうか」と父ちゃんは妻に提案します。
主治医から
「適応障害の根本原因は、生育環境(母親)にあります」
と言われてはいたものの、母親の何が問題なのか。この時点では父ちゃんも妻も、ピンと来ていなかった。
家に妻を一人置いておくよりは、実母のいる家で、家事を休ませてもらいながら生活してもらったほうがよいと考えたのです。
妻もまた「そうする」と答えました。
一人で家にいることが、それだけきつかったのでしょう。
この日からしばらく、妻は実家に戻り、
父ちゃんは金曜の夜から日曜の夕方まで妻の実家にお邪魔することとなります。